『カーテン』ポアロ最終作がクリスティの遺作に ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『カーテン』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティの作品の中で主役となるキャラクターは名探偵ポアロですが、この『カーテン』でポアロの物語は終焉を迎えます。

さらに奇しくもこの作品が発表された数ヵ月後にアガサ・クリスティは亡くなってしまい、遺作となった作品です。

カーテン

舞台はアガサ・クリスティのデビュー作で登場したスタイルズ荘。

過去に悲惨な殺人事件のあったスタイルズ荘は現在高級下宿になっていました。

友人ヘイスティングはポアロに呼び出されて懐かしいスタイルズ荘に訪れます。

しかしポアロは老いていて心臓を患って、もういくばくも無い様子。

そんな中でもここスタイルズ荘で殺人事件が起こるとポアロは察知してヘイスティングを呼び出したのです。

犯人をXだとポアロは呼びます。

今回の犯人Xは今までに無いタイプで直接手を下して殺人を犯すのではありません。

他人に何気なく話しかけて、だんだんとその気にさせていき、相手が犯罪を犯すように仕向けていく、変わったタイプの犯罪者です。

しかもXは殺す人間にも殺される人間にも恨みがあるわけでなく、殺したいという気持ちがあるわけでもありません。

人間は誰しも一瞬相手を殺してやりたいほど憎むことがあり、Xにはその気持ちを増幅させて実行する気持ちに持っていく能力の持ち主でした。

殺すことによってXに何の利点があるわけではなく、ただ自分の思い通りに殺人が行われる。

その快感を得ることに最高のエクスタシーを感じるサディストだったのです。

日常会話程度の話で殺人に持っていく、こんな程度では殺人罪として適応されません。

だが、このままXのような犯罪者をほうっておくわけにはいかず、しかもXは友人へイスティングまでその手にかけようとします。

ポアロはそのことでついにXを自分の手で葬り去ることを決意します。

アガサ・クリスティはそれまでいろんな常識破りなトリックや新事実を作り出してきました。

今回の『カーテン』でも主役である探偵が自らの手で犯人を葬り去るという驚きの手法を用いました。

これにはいつものように賛否両論あるのですが、私としては老いて昔の鮮烈な内容ではないもののもさすがはミステリーの女王だな、としか考えられませんでした。

私は元々正義の名の下にずうずうしくも他人のプライベートを暴くのですから、殺人者として起訴出来ないからといってほったらかしにするよりも自らの手を汚す覚悟を持ったポアロのほうが好ましく思えました。

それに探偵が犯人を裁く物語は名作で他にもあります。

あの有名な「Yの悲劇」などがそうです。(レーン最後の事件などもそうですが、名作ということではこちらかと)

これからも犯罪を犯すであろう犯人をこのままにしてはおけないと自らの手で断罪するのは悪でしょうか?

それなら新たな犯罪が起こるのをただ傍観してみているのは悪ではないのでしょうか?

この是非を問う機会を与えてくれたアガサ・クリスティに拍手です。

『春にして君を離れ』推理探偵小説ではないミステリー ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

『春にして君を離れ』というタイトルはミステリーの女王のアガサ・クリスティの作品らしくないタイトルだな、というのが最初眼にしたときの感想です。

春にして君を離れ

幾分読んでみておかしいな? いつになっても事件は起こらない。
探偵も出てこない出てくるのは家族の日常的な話ばかり。

つまり、これは推理探偵小説ではなかったのです。

ですが、ミステリーではありました。

物語は50歳くらいの女性が主人公。
優しくて弁護士事務所を開いている夫もいる子供も成人してそれぞれ立派に旅立っていった、一見完璧な人生を送っている主婦。

主人公のジョーンは、今の幸せは自分がもたらしたもの、だから自分はよき妻よき母だと自負している。

けれど、それは夫ロドニーの我慢と努力によって得たものだと彼女は知らない。

しかしある日旅行の帰りにジョーンはそれまでの人生を振り返って果たして自分はよき妻よき母であったのかを考える機会を設ける。

もしかして子供達によかれと思って言ってきたことは、子供達の人生観を踏みつけにして自由を奪ってきただけなのかも?

そして夫ロドニーに対しても以前彼は弁護士事務所をやめて農業をしたいといった時、自分は猛反対した。
その結果夫は弁護士として今も働き続けている。

それがどれだけ辛い決断だったのか今まで知ろうともしなかった。

これは人生をやり直すチャンスなのかも。
夫に今までの自分の身勝手さを謝り本当の意味でよき妻になる最後のチャンスかも?

とジョーンは考えます。

しかし、家につき夫と会う直前に、ふと心変わりするのです。

そんなことは有り得ない!
これはただの妄想で、夫も子供達も自分のおかげで人生が上手くいったのだ、と。

けど、ジョーンの妄想は当たっていたのです。
夫は農業をやれなかった喪失感は今でも心の奥底に潜んでいました。

長女のエイヴラフが不倫の末駆け落ちしようとしたとき、ジョーンはもちろん必死になって止めた。

そして夫ロドニーも娘を止めますが、ジョーンとは別の意味で必死に止めるのです。

相手の男は研究に身を捧げるタイプでここで何もかも投げ出して娘と一緒になったとしたら、きっと後悔する。
男が一生の仕事を棒に振るということはいかに失意のどん底に陥るか?
しかもそれは自らの経験から言えるのだと娘に断言するのです。

このようにロドニーはジョーンのために失ったものを忘れてはいないのです。

しかし、そんなことは一切隠してロドニーはジョーンの満足な一生が送れるよう努力するのです。

自分がもし死んだ後もジョーンが気づかぬように、娘からの本音の手紙も焼き捨て、心の中でジョーン君は一人ぼっちだ、と哀れみながら。

『春にして君を離れ』―アガサ・クリスティらしい推理探偵小説ではありませんが、これも確かにミステリーでした。

『三幕の殺人(三幕殺人事件)』アガサ・クリスティの罠 ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『三幕の殺人』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティ『三幕の殺人』。

この物語は元俳優のサー・チャールズが海辺の館でパーティーを開いたところから始まります。

三幕殺人事件

そのパーティーに名探偵ポアロも招かれるのですが、そこで乾杯のカクテルを飲んだ牧師が亡くなります。

死因は毒物によるもの。

牧師という職業柄もあり、牧師は人に恨みなどもたれない人柄でした。

それが何故?

ここで名探偵であるポアロが捜査するのか、といえばそうではなく元俳優サー・チャールズが若い娘のエッグと共に犯人探しにのり出す、そういう変わった趣向の話でした。

他の人が探偵をやるなら今回のポアロの役割は何なんだ?

と疑問に思いながら読み進めていきますと、物語が後半になるほどポアロが活躍します。

しかし、これはアガサ・クリスティ得意のフェイクでした。

ポアロに代わり探偵を演じるなら読者は彼を犯人ではないと信じる―毎回感じるのですがアガサ・クリスティは人間の心理をあやつるのがとても上手いです。

人間の心理とは不思議なもので物語の中で主役級に活躍していると、その人は悪人ではない、正義側の人間だと信じ込んでしまうのです。

そんな人間の心理をアガサ・クリスティはよくよく知っていて物語に利用する、それに読者は毎回翻弄されるのです。

今回もアガサ・クリスティは罠をしかけてきました。

実は犯人はサー・チャールズでした。

この物語ではタイトルどおり三人の人間が殺されます。

では何故サー・チャールズは三人を殺したのか?

彼は世間では独身で通っていましたが実は妻帯者でした。

この国では(今もそうかは知りませんが)離婚に関して間違った法律がありました。

ひとつは結婚した相手が終身刑を受けて刑務所に入っているとき、もうひとつは精神病院に収容されている場合。

サー・チャールズは若い女性エッグに心惹かれていて彼女と結婚したいがために三人を殺す決意をしたのです。

二人目の被害者はサー・チャールズが結婚していることを知る唯一の人間でした。

そして三人目は精神病院に入っている妻を。

一人目である牧師の場合は、たまたま毒の入ったカクテルに牧師が当たってしまっただけでした。
『三幕の殺人』の最後にポアロが言った恐いセリフが印象的でした。

毒入りカクテルを飲んだのはもしかして・・・

「この私だったかもしれないのです」

『マダム・ジゼル殺人事件』地味な手口に驚かされる ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『マダム・ジゼル殺人事件』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

『マダム・ジゼル殺人事件』は、アガサ・クリスティ作品では珍しく飛行機の中が殺人の舞台です。

マダム・ビル

内容はといえば、マダム・ジゼルという金貸しの女性が飛行機が飛んでいる最中に殺されます。

死因は毒殺。

しかし、マダム・ジゼルに毒をもれるような人間はおらず、怪しいものの発見とは飛んでいた蜂と吹矢の道具。

このどちらかでマダム・ジゼルは殺されたのか?

そしてマダム・ジゼルを殺した動機は何なのか?

蜂と吹矢とはどちらも突拍子も無い殺し方で驚きましたが、結局どちらでもなかったのです。

何故そんなフェイクをしたかというと、マダム・ジゼルを殺せたのは側にいた人間だけでなく、離れていた人間でも彼女を殺せたという考えを植えつけるためでした。

マダム・ジゼルを殺した方法は、彼女の席の横を通過するときにクビに毒針を刺した、そんな簡単な方法でした。

客席の横を通過して怪しまれない立場の人間はというとスチュワードでした。(男性の客室乗務員のことでした)

では、犯人はスチュワードかというとそうではありません、犯人は歯科医だったのです。

スチュワードの衣装は医師の白衣に似ていて変装しても誰にもばれないで済みます。

犯人の歯科医の目的はマダムジゼルの遺産でした。

歯科医自体は遺産相続人ではないものの、マダム・ジゼルには娘がいて、その娘と結婚して遺産を手に入れる計画だったのです。

そして娘も後に殺す計画でした。

しかし、飛行機の中で魅力的な女性に恋をしてしまいことを急がせたのが一番の敗因でした。

物語の最初で歯科医と恋する女性とが意識しあう場面があって、まさか飛行機の中でときめきを感じている男女の男のほうが殺人事件の容疑者だとは。

まさかこんな人が犯人ではないよね、と思わせるのがアガサクリスティの上手いところです。

『マダム・ジゼル殺人事件』はアガサ・クリスティ作品の中では特に有名な作品ではありません。

しかし、アガサ・クリスティの作品ははずれが無い。

インターネットで検索してもヒット数が少ないこんな作品でも、他で読むつまらない探偵小説よりははるかに面白いのがアガサ・クリスティ作品の醍醐味なのでしょう。

『検察側の証人』クリスティの短編No.1の作品 ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『検察側の証人』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

戯曲とは脚本のような文芸作品のこと、それをアガサ・クリスティの『検察側の証人』を読んだことではじめて知りました。

『検察側の証人』は映画化も舞台化もされて、短編なのにもかかわらず、アガサ・クリスティ作品の中でも人気の作品です。

そのわけは、あまりにも内容が素晴らしいからです。

検察側の証人

殺人事件自体は金持ちの未亡人エミリーが殺されて容疑者として捕まったのがレナードというハンサムな若者でした。

エミリーは彼をどうやら恋していたようで、親しく付き合っていた。

それにエミリーはレナードを自分の遺産の受取人に指定している事実もあり、そのことはレナード本人も知っていたとエミリーと一緒に暮らしていたメイドの証言でわかった。

それにレナードは死亡推定時刻にエミリーに会っていたとも言って容疑者側に不利な証言も付け加えられた。

そして、レナードは死亡時刻には妻のローマインと一緒にいたと弁護士に言った。

ここまでは、普通の殺人事件の流れです。

しかし、ここから弁護士が妻と会ったところからが問題です。

夫レナードの味方になるはずの妻ローマインはレナードを罵倒し、夫をなじるのです。
もしもローマインを弁護士側の証人として法廷に立たせたらレナードに不利な証言をするだろう印象を持ち弁護士はローマインを証人からはずすことを決めます。

しかし、何とローマインは検察側の証人として法廷に出廷してレナードに不利な証言を言い出します。

これではレナードは有罪になると誰もが思ったときに謎の女性がローマインは嘘の証言をしているといい、その証拠となる手紙を弁護士は受け取ります。

その手紙によってレナードは無事無実を勝ち取るのですが。

物語はここからがクライマックスでした。

弁護士はローマインと謎の女が同じ癖を持っていたことに気がつき、ローマインに問い詰めます。

ローマインは元女優で謎の女は自分だというのです。

妻であるローマインが夫レナードを無実だと証言しても信用されない、だから反対に夫の不利な証言をして、その証言は嘘だったとみんなの前で証明して見せればレナードは無実になると踏んだのです。

これだけでも驚くべき真実ですがアガサ・クリスティはもうひとつの驚きを用意していました。

何故こんな危ない橋をローマインは渡ったのか?

ひとつ間違えばレナードは有罪になりかねないのに。

弁護士の質問にローマインは、

「貴方はご存じないのです、彼が有罪であることを」

と告白するのです。

ローマインのしたことは本来は許されないことです。

ですがこの本を読めばいかにローマインが夫レナードを愛しているかを感じずにはいられません。

彼のために嘘をつき、謎の女に変装して、最後には自分が悪女といわれようとレナードを無罪にしたのです。

『検察側の証人』は明晰な頭脳を持った女性が愛ゆえに愚かな犯罪を犯した物語でした。

『ナイルに死す』女性だから描けるミステリー ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『ナイルに死す』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティの小説はミステリー小説ですが、中には恋愛小説なのかと思わせるストーリーも多く含まれています。

前回の検察側の証人もそうでしたが、今回の『ナイルに死す』もそうです。

特に『ナイルに死す』ははじめから男女の愛憎が原因で殺人事件が起こるのを予感させています。

ナイルに死す

物語はジャクリーンの恋人レナードが失業して、レナードのためにジャクリーンは金持ちの友達リネットに彼を管理人に雇ってほしいとお願いします。

そして無事レナードはリネットに雇われますが、その3ヵ月後にリネットはレナードと結婚してしまうのです。

新婚旅行にはエジプトのナイル川クルーズの旅に行きます。

しかしレナードに捨てられたジャクリーンも船に乗ってきたのです。

しかもジャクリーンは名探偵であるポアロに二人に復讐したいと告白までします。

そしてとうとうリネットが殺されてしまいます。

犯人はジャクリーンだと誰もが思いますが彼女にはアリバイがある。

ではポアロがこの鉄壁のアリバイを崩すのだろうか、と読者は考えます。

確かにそうなのですが、話はこれだけではなく、もっと複雑なのがアガサ・クリスティの実力なのです。

犯人はやはりジャクリーンですが、彼女が手を下したのではなく実行犯はレナードでした。

二人は共犯だったのです。

二人は最初からリネットの財産が目当てでリネットに近づき、裏切られたジャクリーンがリネットを狙うように見せかけてレナードがリネットを殺す。

レナードはリネットの財産を相続し、それで二人は元サヤに収まるはずでした。

真相はポアロによって暴かれジャクリーンは隠し持っていた拳銃でレナードを撃ち自分も自殺して亡くなります。

女性に対する魅力はあってもお金に縁の無い彼と幸せになろうとして失敗した哀れな恋人同士として犯人である二人を描いています。

このナイルに死すはジャクリーンがレナードへの愛のために起こした犯罪でした。

ジャクリーンがポアロに言った、

「レナードがいないと生きていけない」

これはまさに恋愛小説に出てくるような愛の言葉。

こういう描き方が出来るのは、やはりアガサ・クリスティが女性だからこそ可能なのでしょう。

『アクロイド殺し』作者に上手くだまされる快感 ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『アクロイド殺し』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティ『アクロイド殺し』。

アクロイドを殺したのだと実にわかりやすいタイトルです。

アガサ・クリスティの作品タイトルは印象に残るタイトルが多いのですが、これはアクロイドという名前です。

しかし、それでも印象に残る名前のため、本屋などで見かけるとついつい目が行ってしまう本です。

その中身も他の小説よりも風変わりなところがいくつかあります。

アクロイド殺し

本来ならば名探偵ポアロの相方であるヘイスティングが物語の進行役というか語り手として話が進んでいくのですが、彼はアクロイド殺しには出ておらず、変わりにシェパード医師が物語の進行役を勤めています。
(ヘイスティングは結婚して海外移住だそうです)

しかし、シェパード医師は殺人の第一発見者です、その彼がヘイスティングの代わりに語っているのはいささか違和感を覚えたものです

次にポアロが犯人を暴いて警察に突き出すのではなく、犯人に自首を勧めるのでもなく、犯人に自殺をほのめかして死ぬように持って行くのです。

これは衝撃でした、まさかポアロが犯人に自殺を勧めるとは、それも理由が犯人には姉がいて、シェパード医師が殺人犯として捕まったとしたら彼女が哀れだからだということで実に感情的で勝手な理由です。

そして最大の変り種は犯人がアクロイド殺しの語り手であるシェパード医師だということです。

これには驚きました。

それまで冷静に物語を語っていたシェパード医師が最後の最後で風向きがおかしい、と思った瞬間に犯人だったことを突きつけられた、そんな感じです。

物語の語り手が犯人だったことで、これはフェアなのかアンフェアなのかの論争が起こったくらい話題の作品でした。

推理小説の語り手は他人事のようにストーリーを説明していくのでいわば空気のような存在、その空気のような語り手が真犯人でした、といわれたら油断していた読者は驚くに決まっています。

だからフェアではない、という人の気持ちもわからないではないのですが、私の場合、この驚きはむしろ気持ちがいい驚きでした。

まさか、物語を語っている人自身が犯人だったなんて、これは上手くだまされた、くらいの気持ちです。

だって推理探偵を読むときに望むことって、作者がいかに読者を上手くだましてくれるかではないでしょうか?

自分では絶対に考えられない驚きを与えてくれるから推理小説は面白いのです。

『そして誰もいなくなった』物語の最後はやはりすごかった。 ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティの作品はタイトルが印象的であることが多く、タイトルだけでもひきつける魅力を持っています。

「NかMか」

「邪悪の家」

「死が最後にやってくる」

「終わりなき夜に生まれつく」

「何故エヴァンズに頼まなかったのか?」

このようにタイトルを見ただけでも、一体どんな内容なんだろう?と興味を注がれてしまう。

だけど私が一番強烈に印象に残ったタイトル、それは「そして誰もいなくなった」でした。

この作品を私はタイトルだけで読みたい!と思えてしまいました。

そして誰もいなくなった

それに「そして誰もいなくなった」は不思議なタイトルです、だってこの一言だけで物語のネタバレになっているんです。

この一言だけでラストは誰もいなくなる光景が眼に浮かぶではありませんか。

でも、どうやって誰もいなくなるんだろう?

そして犯人以外は誰もいなくなるのか?

それとも犯人も含めて誰もいなくなるのか?

実に謎に満ちて、ある意味恐い印象さえ持つタイトルでもあります。

ネタバレになっていながらにして、こんなにいろいろ想像させるタイトルはめったに無い。

読む前からわくわくさせる最高のタイトルだと思っています。
しかも素晴らしいのはタイトルだけではありませんでした。

ストーリーのほうもタイトルに負けず劣らずのワクワクドキドキが止まらない。

だってある島に10人の男女が招待されて、そこでインディアンの歌と同じ方法で一人ずつ殺されていく。

犯人は10人の中にいる?

それとも11人目がいてどこかに潜んでいるのか?

これだけ読むだけでも面白い。

だけどこの手法は何処かで聞いたことがある、と思う方は多いと思われます。

それもそのはずで、「そして誰もいなくなった」をまねた作品は山のように存在します。

アニメであったり漫画であったり、テレビでも、中には小説自体にも似ている箇所を発見します。

特に童謡に見立てて殺人が起こる内容は今でもたびたび見うけます。

その中にはあの探偵金田一耕助で有名な横溝正史が書いた「獄門島」であったり「悪魔の手毬歌」の中にも見受けるのです。

歌の歌詞どおりの殺人が起こっていく。

それは次にまた殺人が起こる予告となり、登場人物の中から次に誰が殺されるのだろうと恐怖をあおります。

※※※以下、ネタバレ注意です※※※

そして物語の最後はやはりすごかった。

島で殺された中の一人が実は生きていて死んだふりをして殺人を実行していたなんて!

しかも、犯人の目的は、罪を犯しながらも罰せられなかったものたちを犯人自身が裁くという大いなる野望のためとは!!

そして真実は告白書をビンにつめて犯人は自殺。

そして「そして誰もいなくなった」とは良くぞ出来た話でした。

『オリエント急行殺人事件』のトリックはずるい? ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『オリエント急行殺人事件(オリエント急行の殺人)』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

オリエント急行はパリからイスタンブールまでをつなぐ国際寝台列車のことです。

1883年から運行され豪華なつくりで貴族や金持ちに多く使用されていた列車でした。

しかし、この名前を日本人が知るようになったきっかけは、アガサ・クリスティ作の『オリエント急行殺人事件(オリエント急行の殺人)』によってでした。

1974年に『オリエント急行殺人事件』は映画化され、当時の日本ではありえない、こんな豪華な列車があるのだとこの作品でオリエント急行は世間の人が知るところになるのです。

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お金持ちばかりが乗る寝台列車で殺人事件が起こる、これだけでも興味がわきます。

しかも大きなお屋敷や街中ではなく、寝台列車という密室での出来事です。

そのため犯人はオリエント急行に乗っている乗客に絞られます。

そして誰が殺人を行ったのかを追求する探偵は名探偵ポアロ、彼はアガサ・クリスティの殺人事件の物語に必ずと言っていいほど出てくる探偵です。

その彼が謎を解き明かすのですが、これが困難を極める作業でした。

一人ひとり尋問をしていきますが、容疑者全員には完璧なアリバイがあったのです。

犯人探しのほかにもポアロを悩ませるのが殺された被害者ラチェット本人の過去。

捜査の段階でラチェットの過去が洗い出されますが、彼は赤ん坊を誘拐して殺した犯人であったことが浮き彫りになります。

その犯罪に関しては彼は当時国外逃亡していたため罪に問われず、その後も堂々と大手を振って生きてきた罪深い人間だったことがわかってきました。

おそらく犯人はラチェットの過去の罪への復讐から彼を殺したとポアロは気づきます。

正義の元に下された殺人事件、ポアロは犯人を断罪することが出来るのか?

アガサ・クリスティは意外な犯人を作る名人です。

このオリエント急行殺人事件でも、それまでにない犯人を作り出しました。

さすがにその犯人をここにネタバレすることは控えますが、あまりに自由な発想のために彼女の描く答えを認められない人も多くいるほどです。

けれど、アガサ・クリスティが最初に大胆な犯人を描いたおかげでその後の探偵小説家は楽になったはずです。

こんな発想でもいいんだ、見る人たちが楽しみ驚かせればそれでいいんだと選択肢が広がったのです。

私などは映画を見た後に作品に興味を持ち、後で小説の「オリエント急行殺人事件」を読みました。

たとえ犯人がわかっていても、もう一度小説でじっくり読んでみたい。

そんな気にさせるのがアガサ・クリスティの魅力です。

『スタイルズ荘の怪事件』処女作がすでに傑作! ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『スタイルズ荘の怪事件』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティのおすすめ作品、まずはやはり『スタイルズ荘の怪事件』です。

スタイルズ荘

『スタイルズ荘の怪事件』はなんとアガサ・クリスティの処女作です。

最初に書いたミステリー小説だからまだ稚拙な内容かと思われそうですが、そんなことはありません。

アガサ・クリスティはもうこの頃からミステリーの天才だったようでかなり完成度が高く面白い作品です。

スタイルズ荘の女主人でお金持ちのエミリー・イングルソープはかなりの高齢にもかかわらず最近になって20歳も年下の男性のアルフレッドと再婚します。

お金持ちの女主人とまだ若い夫となれば、それを面白くない、と思うのはエミリーの子供達です。

それも本当の子供ではなく亡くなった夫の息子達。

元々エミリーの財産は亡くなった夫の財産、エミリーが亡くなった場合、普通であれば息子達が相続するべきものが、この若い夫に奪い取られることになるのです。
そんなある日、エミリーが毒殺されます、犯人は誰もが20歳年下の夫だといいます。

それに対してポアロは彼は犯人ではない、と言ってアルフレッドの無実を証明します。

この時点で読者はアガサ・クリスティにだまされるのです。

犯人は他にいると。

次に疑われるとしたらエミリーの義理の息子のジョンでした。

彼は弁護士になるもろくに働かずにエミリーから毎月渡されるお金をやりくりしながら妻とくらしている頼りない息子です。

ジョンに不利な出来事がいくつも出てくることでもう犯人はジョンかな、と思わせるのがアガサ・クリスティのすごさです。

一度無実を証明されたからアルフレッドは犯人ではない、と誰もが思うはずです。

ですが、捕まった罪に関しては無実でも真犯人ではないとは限らないのですアガサ・クリスティーのミステリーでは。

アルフレッドは別の方法でエミリーを殺していました。

そしてエミリーには秘書のようなエヴィという女性がいつも側についていました。

エヴィはアルフレッドの親戚でありながら仲が悪く、いつも彼の悪口を言ってるのです。

エミリーに彼を遠ざけるよう忠告して反対にエミリーからスタイルズ荘から出て行くよう言われてしまいます。

ここでエヴィは常識のある女性だから犯人ではないと思われますが、しかしこれもアガサ・クリスティの罠でした。

仲が悪い親戚同士の二人は実はグルでした。

仲が悪ければエミリーを殺す共犯にはならないだろうと周りをごまかしていたのです。

これも実にクリスティは巧妙に描いていました。

金持ちの女性が年下の夫を持ち、義理の息子達がいて、側には優秀な女秘書がいて、殺されてしまった。

これだけでも興味がわくのに、何度もどんでん返しがある『スタイルズ荘の怪事件』。

処女作にしてすでに脱帽するほど面白かったです。

これからアガサ・クリスティを読もうとしていらっしゃる方には、処女作の『スタイルズ荘の怪事件』から読まれることをおすすめします。