『春にして君を離れ』推理探偵小説ではないミステリー ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

『春にして君を離れ』というタイトルはミステリーの女王のアガサ・クリスティの作品らしくないタイトルだな、というのが最初眼にしたときの感想です。

春にして君を離れ

幾分読んでみておかしいな? いつになっても事件は起こらない。
探偵も出てこない出てくるのは家族の日常的な話ばかり。

つまり、これは推理探偵小説ではなかったのです。

ですが、ミステリーではありました。

物語は50歳くらいの女性が主人公。
優しくて弁護士事務所を開いている夫もいる子供も成人してそれぞれ立派に旅立っていった、一見完璧な人生を送っている主婦。

主人公のジョーンは、今の幸せは自分がもたらしたもの、だから自分はよき妻よき母だと自負している。

けれど、それは夫ロドニーの我慢と努力によって得たものだと彼女は知らない。

しかしある日旅行の帰りにジョーンはそれまでの人生を振り返って果たして自分はよき妻よき母であったのかを考える機会を設ける。

もしかして子供達によかれと思って言ってきたことは、子供達の人生観を踏みつけにして自由を奪ってきただけなのかも?

そして夫ロドニーに対しても以前彼は弁護士事務所をやめて農業をしたいといった時、自分は猛反対した。
その結果夫は弁護士として今も働き続けている。

それがどれだけ辛い決断だったのか今まで知ろうともしなかった。

これは人生をやり直すチャンスなのかも。
夫に今までの自分の身勝手さを謝り本当の意味でよき妻になる最後のチャンスかも?

とジョーンは考えます。

しかし、家につき夫と会う直前に、ふと心変わりするのです。

そんなことは有り得ない!
これはただの妄想で、夫も子供達も自分のおかげで人生が上手くいったのだ、と。

けど、ジョーンの妄想は当たっていたのです。
夫は農業をやれなかった喪失感は今でも心の奥底に潜んでいました。

長女のエイヴラフが不倫の末駆け落ちしようとしたとき、ジョーンはもちろん必死になって止めた。

そして夫ロドニーも娘を止めますが、ジョーンとは別の意味で必死に止めるのです。

相手の男は研究に身を捧げるタイプでここで何もかも投げ出して娘と一緒になったとしたら、きっと後悔する。
男が一生の仕事を棒に振るということはいかに失意のどん底に陥るか?
しかもそれは自らの経験から言えるのだと娘に断言するのです。

このようにロドニーはジョーンのために失ったものを忘れてはいないのです。

しかし、そんなことは一切隠してロドニーはジョーンの満足な一生が送れるよう努力するのです。

自分がもし死んだ後もジョーンが気づかぬように、娘からの本音の手紙も焼き捨て、心の中でジョーン君は一人ぼっちだ、と哀れみながら。

『春にして君を離れ』―アガサ・クリスティらしい推理探偵小説ではありませんが、これも確かにミステリーでした。

『三幕の殺人(三幕殺人事件)』アガサ・クリスティの罠 ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『三幕の殺人』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

アガサ・クリスティ『三幕の殺人』。

この物語は元俳優のサー・チャールズが海辺の館でパーティーを開いたところから始まります。

三幕殺人事件

そのパーティーに名探偵ポアロも招かれるのですが、そこで乾杯のカクテルを飲んだ牧師が亡くなります。

死因は毒物によるもの。

牧師という職業柄もあり、牧師は人に恨みなどもたれない人柄でした。

それが何故?

ここで名探偵であるポアロが捜査するのか、といえばそうではなく元俳優サー・チャールズが若い娘のエッグと共に犯人探しにのり出す、そういう変わった趣向の話でした。

他の人が探偵をやるなら今回のポアロの役割は何なんだ?

と疑問に思いながら読み進めていきますと、物語が後半になるほどポアロが活躍します。

しかし、これはアガサ・クリスティ得意のフェイクでした。

ポアロに代わり探偵を演じるなら読者は彼を犯人ではないと信じる―毎回感じるのですがアガサ・クリスティは人間の心理をあやつるのがとても上手いです。

人間の心理とは不思議なもので物語の中で主役級に活躍していると、その人は悪人ではない、正義側の人間だと信じ込んでしまうのです。

そんな人間の心理をアガサ・クリスティはよくよく知っていて物語に利用する、それに読者は毎回翻弄されるのです。

今回もアガサ・クリスティは罠をしかけてきました。

実は犯人はサー・チャールズでした。

この物語ではタイトルどおり三人の人間が殺されます。

では何故サー・チャールズは三人を殺したのか?

彼は世間では独身で通っていましたが実は妻帯者でした。

この国では(今もそうかは知りませんが)離婚に関して間違った法律がありました。

ひとつは結婚した相手が終身刑を受けて刑務所に入っているとき、もうひとつは精神病院に収容されている場合。

サー・チャールズは若い女性エッグに心惹かれていて彼女と結婚したいがために三人を殺す決意をしたのです。

二人目の被害者はサー・チャールズが結婚していることを知る唯一の人間でした。

そして三人目は精神病院に入っている妻を。

一人目である牧師の場合は、たまたま毒の入ったカクテルに牧師が当たってしまっただけでした。
『三幕の殺人』の最後にポアロが言った恐いセリフが印象的でした。

毒入りカクテルを飲んだのはもしかして・・・

「この私だったかもしれないのです」

『マダム・ジゼル殺人事件』地味な手口に驚かされる ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『マダム・ジゼル殺人事件』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

『マダム・ジゼル殺人事件』は、アガサ・クリスティ作品では珍しく飛行機の中が殺人の舞台です。

マダム・ビル

内容はといえば、マダム・ジゼルという金貸しの女性が飛行機が飛んでいる最中に殺されます。

死因は毒殺。

しかし、マダム・ジゼルに毒をもれるような人間はおらず、怪しいものの発見とは飛んでいた蜂と吹矢の道具。

このどちらかでマダム・ジゼルは殺されたのか?

そしてマダム・ジゼルを殺した動機は何なのか?

蜂と吹矢とはどちらも突拍子も無い殺し方で驚きましたが、結局どちらでもなかったのです。

何故そんなフェイクをしたかというと、マダム・ジゼルを殺せたのは側にいた人間だけでなく、離れていた人間でも彼女を殺せたという考えを植えつけるためでした。

マダム・ジゼルを殺した方法は、彼女の席の横を通過するときにクビに毒針を刺した、そんな簡単な方法でした。

客席の横を通過して怪しまれない立場の人間はというとスチュワードでした。(男性の客室乗務員のことでした)

では、犯人はスチュワードかというとそうではありません、犯人は歯科医だったのです。

スチュワードの衣装は医師の白衣に似ていて変装しても誰にもばれないで済みます。

犯人の歯科医の目的はマダムジゼルの遺産でした。

歯科医自体は遺産相続人ではないものの、マダム・ジゼルには娘がいて、その娘と結婚して遺産を手に入れる計画だったのです。

そして娘も後に殺す計画でした。

しかし、飛行機の中で魅力的な女性に恋をしてしまいことを急がせたのが一番の敗因でした。

物語の最初で歯科医と恋する女性とが意識しあう場面があって、まさか飛行機の中でときめきを感じている男女の男のほうが殺人事件の容疑者だとは。

まさかこんな人が犯人ではないよね、と思わせるのがアガサクリスティの上手いところです。

『マダム・ジゼル殺人事件』はアガサ・クリスティ作品の中では特に有名な作品ではありません。

しかし、アガサ・クリスティの作品ははずれが無い。

インターネットで検索してもヒット数が少ないこんな作品でも、他で読むつまらない探偵小説よりははるかに面白いのがアガサ・クリスティ作品の醍醐味なのでしょう。

『検察側の証人』クリスティの短編No.1の作品 ※ネタバレあり

※アガサ・クリスティ『検察側の証人』をネタバレで紹介しますので、展開を知りたくないという方は読まないようにご注意ください※

戯曲とは脚本のような文芸作品のこと、それをアガサ・クリスティの『検察側の証人』を読んだことではじめて知りました。

『検察側の証人』は映画化も舞台化もされて、短編なのにもかかわらず、アガサ・クリスティ作品の中でも人気の作品です。

そのわけは、あまりにも内容が素晴らしいからです。

検察側の証人

殺人事件自体は金持ちの未亡人エミリーが殺されて容疑者として捕まったのがレナードというハンサムな若者でした。

エミリーは彼をどうやら恋していたようで、親しく付き合っていた。

それにエミリーはレナードを自分の遺産の受取人に指定している事実もあり、そのことはレナード本人も知っていたとエミリーと一緒に暮らしていたメイドの証言でわかった。

それにレナードは死亡推定時刻にエミリーに会っていたとも言って容疑者側に不利な証言も付け加えられた。

そして、レナードは死亡時刻には妻のローマインと一緒にいたと弁護士に言った。

ここまでは、普通の殺人事件の流れです。

しかし、ここから弁護士が妻と会ったところからが問題です。

夫レナードの味方になるはずの妻ローマインはレナードを罵倒し、夫をなじるのです。
もしもローマインを弁護士側の証人として法廷に立たせたらレナードに不利な証言をするだろう印象を持ち弁護士はローマインを証人からはずすことを決めます。

しかし、何とローマインは検察側の証人として法廷に出廷してレナードに不利な証言を言い出します。

これではレナードは有罪になると誰もが思ったときに謎の女性がローマインは嘘の証言をしているといい、その証拠となる手紙を弁護士は受け取ります。

その手紙によってレナードは無事無実を勝ち取るのですが。

物語はここからがクライマックスでした。

弁護士はローマインと謎の女が同じ癖を持っていたことに気がつき、ローマインに問い詰めます。

ローマインは元女優で謎の女は自分だというのです。

妻であるローマインが夫レナードを無実だと証言しても信用されない、だから反対に夫の不利な証言をして、その証言は嘘だったとみんなの前で証明して見せればレナードは無実になると踏んだのです。

これだけでも驚くべき真実ですがアガサ・クリスティはもうひとつの驚きを用意していました。

何故こんな危ない橋をローマインは渡ったのか?

ひとつ間違えばレナードは有罪になりかねないのに。

弁護士の質問にローマインは、

「貴方はご存じないのです、彼が有罪であることを」

と告白するのです。

ローマインのしたことは本来は許されないことです。

ですがこの本を読めばいかにローマインが夫レナードを愛しているかを感じずにはいられません。

彼のために嘘をつき、謎の女に変装して、最後には自分が悪女といわれようとレナードを無罪にしたのです。

『検察側の証人』は明晰な頭脳を持った女性が愛ゆえに愚かな犯罪を犯した物語でした。